歌人に会える百人一首
左京大夫道雅
意味
(逢うことが許されなくなった)今となっては「あなたへの思いをあきらめましょう」とせめて人づてでなく、直接伝えられる方法があったらよいのに。
解説
この歌は、許されぬ恋を引き裂かれ、愛する人への接近を完全に絶たれた藤原道雅の、狂おしいほどの未練と切なさが炸裂した一首です。道雅は三条天皇の皇女である当子内親王と密かに愛し合っていましたが、これが露見すると天皇は激怒し、厳重な警護を敷いて二人を完全に隔離してしまいました。もう二度と会えない現実を突きつけられ、「せめて諦めると告げるためだけにでも、もう一度だけ直接あなたに触れたい」と願う言葉は、単なる諦念ではなく、裏返しの激しい情熱と絶望を物語っています。
作者の藤原道雅は、かつて宮廷の権力を我が物にした中関白家の嫡流でありながら、父・伊周の失脚によって没落の人生を余儀なくされた貴公子です。世間からは「荒三位 」と恐れられ、数々のスキャンダルや暴力事件を起こす自暴自棄な悪者として知られていました。しかし、そんな彼がこの歌で見せたのは、社会を呪う狂暴さではなく、ただ一人の女性を失ったことに身を焦がす、あまりにも純粋で、あまりにも脆い一匹狼の素顔でした。
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