時雨の百人一首

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Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox

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坂上是則さかのうえのこれのり

朝あさぼらけ
有明ありあけの月つきと
見みるまでに
吉野よしのの里さとに
降ふれる白雪しらゆき

坂上是則

よしののさ
とにふれる
しらゆき

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あさぼらけあ

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31番歌
朝あさぼらけ 有明ありあけの月つきと 見みるまでに
吉野よしのの里さとに 降ふれる白雪しらゆき
作者:坂上是則さかのうえのこれのり(生年不詳~930年)
出典:古今和歌集 冬
現代語訳
夜がぼんやり明ける頃、外を眺めると、吉野の里に有明の月かと思うほど白雪が降り積もっていた。
解説
「朝ぼらけ」は秋と冬に使われることが多い言葉で夜が明けようとする頃を指します。吉野の里(現在の奈良県吉野郡)は今では桜の名所として知られていますが、当時は雪の名所として知られていました。また、天武天皇や持統天皇が隠遁した吉野は平安時代の貴族にとって憧れの地でもあったようです。
どんな人?
坂上是則は蝦夷征伐を果たした征夷大将軍の坂上田村麻呂の子孫です。大和権少掾として奈良県に赴任していたことがあったので、吉野にも馴染みがあったのだと考えられます。歌人として以外にも蹴鞠の名人としても知られていたようです。
品詞分解と文法
歌のイメージ
坂上是則の歌のイメージ

この画像は、William N. Porter氏が1909年にイギリスで出版した百人一首の英訳本『A Hundred Verses from Old Japan』の挿絵を元にAdobe Firefly(生成AI)で色を付けて、アレンジしたイメージです。

坂上是則の略年表
905年
宮中の蹴鞠で206回続けて蹴り、絹を賜る
908年
大和権少掾となる
912年
少監物となる
921年
大内記となる
924年
従五位下・加賀介となる
930年
死去
備考
坂上是則の系図
  • 茶字天皇
  • 天皇の代数
  • 百人一首の歌番号(クリックで歌のページへ)
100%
坂上田村麻呂 坂上浄野 坂上当道 坂上好蔭 坂上是則31醍醐天皇の前で蹴鞠を披露し、絹を賜った

坂上是則は、征夷大将軍として蝦夷を降伏させた坂上田村麻呂の子孫です。

坂上是則は蹴鞠に秀でていて、905年醍醐天皇の御前で蹴鞠が行われた際、206回まで一度も落とさず蹴って、天皇から褒美として絹を与えられたといわれています。

付録
有明の月と月の満ち欠け
月の満ち欠け

「有明の月」とは、夜が明けても空に残っている月のことです。月齢15日前後から29日頃までの月が、明け方の空に見られます。

平安時代には、暦を持てるのは特権階級の人々だけでした。そのため、一般の人々にとっては、満ち欠けを繰り返す月の形が自然のカレンダーのような役割を果たしていたと考えられます。

月齢 月の出 月の入り
新月 6時 18時
上弦の月 12時 24時
望月 18時 6時
下弦の月 24時 12時
李白の漢詩『静夜思せいやし』
百人一首に採られた坂上是則の歌は、李白の名高い漢詩『静夜思せいやし』の情景を踏まえていると考えられています。『静夜思』では、地上を照らす月の光を「地に降りた霜」に見立てて、遠き故郷を思う気持ちが詠まれています。一方で是則は、吉野の里に降り積もった白雪を「空に残る有明の月の光」に見立てて、冬の夜明けの静謐な美しさを描き出しました。時空を超えた歌のオマージュがここに見られます。

原文

牀前しょうぜん看月光
疑是地上霜
挙頭望山月
低頭思故郷
『静夜思』李白

書き下し文

牀前しょうぜん月光げっこうを看みる
疑うたがふらくは是これ地上ちじょうの霜しもかと
頭こうべを挙あげて山月さんげつを望のぞみ
頭こうべを低たれて故郷こきょうを思おもふ

地方官僚だった坂上是則
坂上是則は、都では大内記だいないき(中務省の官職)などを務める一方で、大和やまと権少掾ごんのしょうじょう、大和大掾やまとのだいじょう、加賀介かがのすけなど地方官(国司)としての役職も歴任しました。彼の百人一首の歌は、大和やまと権少掾ごんのしょうじょうを務めていた頃に詠まれたと古今集の詞書に記されています。 太政官についてはこちらをご覧ください。 地方官制についてはこちらをご覧ください。