時雨の百人一首

トップ コラム アプリ English 和歌の一覧・検索

音声:NHKクリエイティブ・ライブラリー
※マナーモード時は音声が再生されません。

Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox

読み札

取り札

音声

Audio

坂上是則さかのうえのこれのり

あさぼらけ
有明ありあけつき
るまでに
吉野よしのさと
れる白雪しらゆき

坂上是則

よしののさ
とにふれる
しらゆき

決まり字ボタン

あさぼらけあ

前へ
31番歌
あさぼらけ 有明ありあけつきるまでに
吉野よしのさとれる白雪しらゆき
作者:坂上是則さかのうえのこれのり(生没年不詳)
出典:古今和歌集
現代語訳
夜がぼんやり明ける頃、外を眺めると、吉野の里に有明の月かと思うほど白雪が降り積もっていた。
解説
「朝ぼらけ」は秋と冬に使われることが多い言葉で夜が明けようとする頃を指します。吉野の里(現在の奈良県吉野郡)は今では桜の名所として知られていますが、当時は雪の名所として知られていました。また、天武天皇や持統天皇が隠遁した吉野は平安時代の貴族にとって憧れの地でもあったようです。
どんな人?
坂上是則は蝦夷征伐を果たした征夷大将軍の坂上田村麻呂の子孫です。大和権少掾として奈良県に赴任していたことがあったので、吉野にも馴染みがあったのだと考えられます。歌人として以外にも蹴鞠の名人としても知られていたようです。
品詞分解と文法
坂上是則の心のチャート

歌人の心の内をチャートと現代の言葉で描いてみました。

夜明けの静けさの中、
ふと窓の外へ目を向ける。

月明かりかと思った白さは、
雪が一面に降り積もった景色だった。

歌のイメージ
坂上是則の歌のイメージ

この画像は、William N. Porter氏が1909年にイギリスで出版した百人一首の英訳本『A Hundred Verses from Old Japan』の挿絵を元にAdobe Firefly(生成AI)で色を付けて、アレンジしたイメージです。

坂上是則の系図
坂上是則の系図 小野篁

坂上是則は、征夷大将軍として蝦夷を降伏させた坂上田村麻呂の子孫です。

坂上是則は蹴鞠に秀でていて、905年醍醐天皇の御前で蹴鞠が行われた際、206回まで一度も落とさず蹴って、天皇から褒美として絹を与えられたといわれています。

付録
有明の月と月の満ち欠け
月の満ち欠け

「有明の月」とは、夜が明けても空に残っている月のことです。月齢15日前後から29日頃までの月が、明け方の空に見られます。

平安時代には、暦を持てるのは特権階級の人々だけでした。そのため、一般の人々にとっては、満ち欠けを繰り返す月の形が自然のカレンダーのような役割を果たしていたと考えられます。

月齢 月の出 月の入り
新月 6時 18時
上弦の月 12時 24時
望月 18時 6時
下弦の月 24時 12時
李白の漢詩『静夜思せいやし
百人一首に採られた坂上是則の歌は、李白の名高い漢詩『静夜思せいやし』の情景を踏まえていると考えられています。『静夜思』では、地上を照らす月の光を「地に降りた霜」に見立てて、遠き故郷を思う気持ちが詠まれています。一方で是則は、吉野の里に降り積もった白雪を「空に残る有明の月の光」に見立てて、冬の夜明けの静謐な美しさを描き出しました。時空を超えた歌のオマージュがここに見られます。

原文

牀前しょうぜん看月光
疑是地上霜
挙頭望山月
低頭思故郷
『静夜思』李白

書き下し文

牀前しょうぜん月光げっこう
うたがふらくは地上ちじょうしもかと
こうべげて山月さんげつのぞ
こうべれて故郷こきょうおも

地方官僚だった坂上是則
坂上是則は、都では大内記だいないきなど太政官の官職を務める一方で、大和やまと権少掾ごんのしょうじょう大和大掾やまとのだいじょう加賀介かがのすけ 地方官(国司)としての役職も歴任しました。彼の百人一首の歌は、大和やまと権少掾ごんのしょうじょうを務めていた頃に詠まれたと古今集の詞書に記されています。 太政官についてはこちらをご覧ください。 地方官制についてはこちらをご覧ください。

次の和歌へ

前の和歌へ