時雨の百人一首

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Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox

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元良親王もとよししんのう

わびぬれば
いまはたおなじ
難波なにわなる
みをつくしても
逢あはわむんとぞ 思おもふう

元良親王

みをつくし
てもあはむ
とそおもふ

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わび

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20番歌
わびぬれば いまはたおなじ 難波なにわなる
みをつくしても 逢あはわむんとぞ 思おもふう
作者:元良親王もとよししんのう(890年~943年)
出典:後撰和歌集 恋
現代語訳
お会いできず、寂しくつらい思いをする私はもはや身を捨てたのも同じことです。 今となっては難波の海の澪標のように、身を滅ぼしてでもあなたに会いたいのです。
解説
この歌は、『後撰和歌集』の詞書に「事いできて後に、京極御息所につかはしける」とあります。これは、元良親王が、宇多法皇の妃・藤原褒子ほうしとの関係が世間の噂となった後に、彼女へ贈った歌であることを示しています。禁断の恋に踏み込んで、自暴自棄になった元良親王の切なくも諦めに似た気持ちが込められています。
どんな人?
元良親王は、父の陽成天皇が天皇の座を譲位した後に誕生した第一皇子です。彼はその奔放な振る舞いで知られ、毎晩のように女性を替え、「一夜めぐりの君」というあだ名がつけられるほどでした。
品詞分解と文法

左の原文の単語をタップ(クリック)すると、品詞・活用・解説がここに表示されます。

歌のイメージ
元良親王の歌のイメージ

この画像は、William N. Porter氏が1909年にイギリスで出版した百人一首の英訳本『A Hundred Verses from Old Japan』の挿絵を元にAdobe Firefly(生成AI)で色を付けて、アレンジしたイメージです。

元良親王の略年表
890年
陽成天皇の皇子として誕生
929年
40歳の祝いに紀貫之が屏風歌を詠む
943年
死去
備考
  • 当代随一の色好みとして知られる
  • 『後撰集』以降の勅撰集に20首入集
元良親王の系図
  • 茶字天皇
  • 天皇の代数
  • 百人一首の歌番号(クリックで歌のページへ)
  • =婚姻
100%
密通 冬嗣 沢子 仁明54 順子 良房 源潔姫 長良 良門 班子女王 光孝1558 文徳55 明子 基経 国経 利基 高藤 宇多59 清和56 高子 時平 仲平 貞信公26 三条右大臣25 綏子内親王 陽成1357 遠長の娘 褒子 元良親王20

元良親王は父の陽成院が譲位した後に誕生したため、天皇に即位することはできませんでした。

元良親王が密通した藤原褒子は、宇多天皇の御息所で、藤原基経の息子である時平の娘です。藤原基経は、父の陽成院に退位を迫った人物です。

付録
源氏物語で引用された「今はた同じ難波なる」
元良親王のこの歌は、後世にも広く知られ、『源氏物語』でも引用されています。源氏物語第十四帖『澪標みおつくし』には、光源氏がこの歌を口にする印象的な場面があります。住吉詣でに訪れた光源氏は、すぐ近くに明石の君が来ていることを知りながら、会うことができません。その切ない心情から「今はた同じ難波なる」と元良親王の歌を口にします。すると、機転を利かせた随身は光源氏の思いをくみ取り、明石の君との再会のきっかけをつくりました。随身から筆と紙を受け取った光源氏は、明石の君に次の歌を贈りました。

原文

みをつくし 恋こふるしるしに ここまでも
めぐり逢あひける 縁えには深ふかしな 『源氏物語』光源氏

現代語訳

身を尽くして恋い慕う甲斐がありました。澪標のあるところ(難波)まで来て、あなたとお会いできたのは、縁が深いからでしょうね。
澪標(みおつくし)
澪標のイメージ

座礁の危険性がある浅瀬において、比較的水深があって船の往来が可能であることを示す杭。 難波は淀川の河口が広がり浅瀬が多く船が難航したため、難波の澪標は有名でした。
「澪標」は澪つ串が由来です。「水脈みお」と同意で海や川の中で、 水の流れる筋という意味です。和歌において「身を尽くし」と掛けてよく用いられます。

大阪市の市章
左のシンボルは大阪市の市章です。
澪標みおつくしがモチーフになっています。
葛飾北斎による浮世絵
葛飾北斎による木版画
National Diet Library, Public domain, via Wikimedia Commons

江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎による作品『百人一首姥かゑとき』です。 百人一首の歌を乳母がわかりやすく絵で説明するという趣旨で制作されたものです。

重い荷物を運ぶ牛に藁束を乗せており、藁束の下部に鞍の一部が見えているので、誰か隠れて牛に乗っているのかもしれません。 元良親王がお忍びで乗っていたりして。