時雨の百人一首

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Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox

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文屋朝康ふんやのあさやす

白露しらつゆに
風かぜの吹ふきしく
秋あきの野のは
つらぬきとめぬ
玉たまぞ散ちりける

文屋朝康

つらぬきと
めぬたまそ
ちりける

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37番歌
白露しらつゆに 風かぜの吹ふきしく 秋あきの野のは
つらぬきとめぬ 玉たまぞ散ちりける
作者:文屋朝康ふんやのあさやす(生没年不詳)
出典:後撰和歌集 秋
現代語訳
白露に風がしきりに吹き付ける秋の野は、糸を通してつなぎ留めていない玉(真珠)が散っているようだ。
解説
この歌は、後撰集の詞書に「延喜の御時、歌召しければ」とあり、これが正しければ、醍醐天皇の治世(延喜年間)に詠まれた歌ということになります。しかし実際には、この歌は「寛平御時かんぴょうのおおんとき后宮きさいのみや歌合うたあわせ」にすでに見えており、古今和歌集が成立する以前に作られていた可能性が高いと考えられています。この歌合は、醍醐天皇が即位する前、宇多天皇の時代である寛平年間に行われたものです。そのため、後に編まれた後撰和歌集の詞書よりも、同時代の記録である歌合の資料のほうが信頼性が高いとされています。
どんな人?
文屋朝康は文屋康秀(22番)の息子です。生涯にわたって官位に恵まれませんでしたが、歌人として名を知られました。
品詞分解と文法
歌のイメージ
文屋朝康の歌のイメージ

この画像は、William N. Porter氏が1909年にイギリスで出版した百人一首の英訳本『A Hundred Verses from Old Japan』の挿絵を元にAdobe Firefly(生成AI)で色を付けて、アレンジしたイメージです。

文屋朝康の略年表
892年
駿河掾となる
902年
大舎人大允となる
備考
  • 『寛平御時后宮歌合』に出詠
  • 『是貞親王家歌合』に出詠
  • 勅撰集に3首入集
文屋朝康の系図
  • 茶字天皇
  • 天皇の代数
  • 百人一首の歌番号(クリックで歌のページへ)
  • 系譜未詳
100%
天武40 長皇子 文室大市 文室浄三(智努王) 文室大原 文室綿麻呂 文屋康秀22 文屋朝康37

文屋朝康は天武天皇の末裔まつえいであると考えられています。文屋氏は奈良時代の752年に文室の氏とともに「真人まひと」の姓かばねを授かっています。これは、天武天皇が定めた「八色やくさの姓かばね」の最高位でした。

ただし、朝康自身の官位は「従六位下・大膳だいぜん少進しょうじょう」という下級貴族に留まりました。これには、藤原氏が中央官制で台頭し、政治構造が大きく変化したという当時の情勢が背景にあります。

一方で、歌人としての評価は確かなものでした。父は六歌仙の一人である文屋康秀であり、朝康もその類まれな才能を受け継いだと考えられます。

実際に「寛平御時かんぴょうのおおんとき后宮きさいのみや歌合うたあわせ」や「是貞親王家これさだのみこのいえ歌合うたあわせ」といった誉れ高い歌合への出詠が記録されているのは、官位は低くても父の代から築いた歌壇のネットワークと自身の和歌の実力が一定の評価を得ていたからだと考えられます。

なお、『百人一首』に採られた康秀の歌は、古今和歌集の古い写本によっては朝康の歌となっている場合があり、百人一首では親子ペアで入選していますが、いずれも朝康の作品だとする説があります。

付録
白露を詠んだ歌
百人一首の歌で文屋朝康は、野原に吹き散る白露を詠んでいますが、次の歌は、蜘蛛の糸にきらめく白露の和歌です。
白露は、その清らかさや儚さから、多くの歌人が好んで和歌に詠んでいます。

原文

秋あきの野のに 置おく白露しらつゆは 玉たまなれや
つらぬきかくる くもの糸いとすぢ 『古今和歌集』文屋朝康

現代語訳

秋の野に降りた白露は真珠の玉だろうか。
蜘蛛の糸がつらぬき留めているよ。

葛飾北斎による浮世絵
葛飾北斎による浮世絵
Katsushika Hokusai, CC0, via Wikimedia Commons

江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎による作品『百人一首姥かゑとき』です。百人一首の歌を乳母がわかりやすく絵で説明するという趣旨で制作されたものです。

ここで描かれているのは、文屋朝康が詠んだ秋の歌です。朝康は、秋の野原で風に吹かれて飛び散る白露を、糸でつなぎとめていない「真珠(玉)」に見立ててその美しさを讃えました。

北斎は、この「飛び散る露の玉」を表現するために、蓮の葉が群生する池で、人々が蓮の葉の上に溜まった露を集めているような光景を描き出しました。よく見ると、大きな蓮の葉の上でキラキラと輝く露の玉が細やかに描写されています。蓮はその美しさから「露玉草つゆたまぐさ」とも呼ばれます。朝康が詠んだ高潔な歌の世界を、北斎は清々しい風景画へと見事に昇華させています。