時雨の百人一首

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Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox

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月

右大将道綱母うだいしょうみちつなのはは

嘆なげきつつ
ひとり寝ぬる夜よの
明あくる間まは
いかに久ひさしき
ものとかは知しる

右大将道綱母

いかにひさ
しきものと
かはしる

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53番歌
嘆なげきつつ ひとり寝ぬる夜よの 明あくる間まは
いかに久ひさしき ものとかは知しる
作者:右大将道綱母うだいしょうみちつなのはは(936年頃~995年)
出典:拾遺和歌集 恋
現代語訳
あなたが来なくて嘆きながら一人で寝る夜の明けるまでの時間がどれほど長いものかわかりますか。
解説
作者は藤原兼家と結婚しますが、兼家には正妻の時姫ときひめがいました。道綱母が第一子を出産した後、兼家はますます家庭を顧みなくなり、別の女性との関係も深めていきました。ある晩、夫が訪ねてきたとき、道綱母は夫を家に招き入れませんでした。翌日、色褪せた菊一輪とともにこの歌を夫に贈りました。
どんな人?
右大将道綱母は関白にまで昇り詰める藤原兼家の妾(本妻ではない妻)でした。彼女が書いた日記『蜻蛉日記』には、夫の浮気に悩む心情が綴られている一方で、権力者と渡り合いながら逆境を生き抜いた誇り高い女性の気質が微妙に表れています。本朝三美人の一人です。
品詞分解と文法
歌のイメージ
道綱母の歌のイメージ

この画像は、William N. Porter氏が1909年にイギリスで出版した百人一首の英訳本『A Hundred Verses from Old Japan』の挿絵を元にAdobe Firefly(生成AI)で色を付けて、アレンジしたイメージです。

道綱母の略年表
936年頃
藤原倫寧の娘として誕生
954年
藤原兼家の妻となる
955年
藤原道綱を産む
974年頃
『蜻蛉日記』完成
995年
死去
道綱母の系図
  • 百人一首の歌番号(クリックで歌のページへ)
  • 数代省略
  • =婚姻
100%
3代略 菅原道真24 藤原倫寧 藤原師輔 菅原孝標 倫寧の娘 右大将道綱母53 藤原兼家 時姫 菅原孝標女 道綱 道隆 道兼 道長 超子 詮子

道綱母は、藤原兼家の妻の一人でした。正妻ではない妻は立場が弱く、いつ夫が訪ねてくるかわからないまま、ただ待ち続ける日々を過ごすことが多かったようです。

ちなみに、藤原兼家の正妻は時姫という女性で、時姫との間には、中関白家の祖になった藤原道隆と摂関政治の全盛期を作った藤原道長がいます。

道綱母の姪には『更級さらしな日記にっき』の作者である菅原すがわらの孝標女たかすえのむすめがいます。彼女は菅原道真の子孫です。

付録
藤原寧子やすこ
平安時代の女性は名前を公にすることがなかったため、優れた日記文学を残した道綱母でさえ、本名は分かっていません。2024年の大河ドラマ『光る君へ』では、道綱母は「藤原寧子やすこ」という名前で登場します。これはドラマの制作側が、道綱母の父親である藤原倫寧ともやすの名前から一字を取って、独自に名付けたものであると思われます。
藤原兼家
藤原兼家
平安中期の公卿。摂関家の出身で一条天皇の外祖父として自らも摂政、関白となりました。右大将道綱母は兼家の妾(本妻ではない妻)でした。儀同三司母の夫である藤原道隆は兼家と本妻・時姫の間に生まれた長男です。
兼家の返歌
「嘆きつつひとり寝る夜の・・・」の歌に対しての兼家の返歌は次のとおりです。

原文

げにやげに 冬ふゆの夜よならぬ 槙まきの戸とも
遅おそく明あくるは 侘わびしかりけり 『蜻蛉日記』藤原兼家

現代語訳

いかにも冬の夜が遅く明けるのはつらいものですが、真木の戸を中々開けてもらえないのもつらいものです。

宇治川での贈答歌
宇治川

長谷詣に出掛けた道綱母を兼家が宇治に迎えに来たときに二人は霧が立ち込める宇治川を隔てて次のように歌を交わしています。「うぢ」は「宇治」と「憂し」との掛詞。

網代は氷魚(鮎の稚魚)を獲る漁のための杭のことで、宇治川の冬の風物詩でした。詳しくはこちらをご参照ください。

道綱母の歌

原文

人心ひとごころ うぢの網代あじろに たまさかに
よるひをだにも 訪たづねけるかな 『蜻蛉日記』道綱母

現代語訳

あなたの心は、私を迎えに来たのではなく、網代に獲れる氷魚を見るために、たまたま寄っただけでしょう。薄情なことです。

兼家の返歌

原文

帰かえる日ひを 心こころのうちに 数かぞへつつ
誰だれによりてか 網代あじろをもとふ 『蜻蛉日記』藤原兼家

現代語訳

あなたが帰る日を心の中で数えながら待っていました。
誰の為に網代を見に来るというのでしょう。