時雨の百人一首

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Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox

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平兼盛たいらのかねもり

忍しのぶれど
色いろに出いでにけり
我わが恋こいは
物ものや思おもふと
人ひとの問とふうまで

平兼盛

ものやおも
ふとひとの
とふまて

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40番歌
忍しのぶれど 色いろに出いでにけり 我わが恋こいは
物ものや思おもふと 人ひとの問とふうまで
作者:平兼盛たいらのかねもり(生年不詳~991年)
出典:拾遺和歌集 恋
現代語訳
気づかれないように恋心を秘めてきましたが、顔色に出てしまった。人から物思いをしているのではないかと聞かれるまでに。
解説
この歌は、「天徳内裏歌合」で「未逢恋」(未だ逢わざる恋)というお題に沿って詠まれました。壬生忠見の歌と接戦になりました。しかし、村上天皇が「しのぶれど~」と口ずさんでいたことが影響し、平兼盛の歌が勝利に決まったと伝えられています。
どんな人?
平兼盛は、光孝天皇の玄孫でしたが、臣籍降下し、平氏を名乗りました。平清盛と名前が似ていますが、清盛の属する伊勢平氏とは別系統です。また『栄花物語』の作者と考えられる赤染衛門の父だという説がありますが、その真偽ははっきりしていません。
品詞分解と文法
歌のイメージ
平兼盛の歌のイメージ

この画像は、William N. Porter氏が1909年にイギリスで出版した百人一首の英訳本『A Hundred Verses from Old Japan』の挿絵を元にAdobe Firefly(生成AI)で色を付けて、アレンジしたイメージです。

平兼盛の略年表
946年
従五位下に叙される
950年
平朝臣の姓を与えられ臣籍降下
960年
天徳内裏歌合で壬生忠見と競う
979年
駿河守となる
991年
死去
備考
平兼盛の系図
  • 茶字天皇
  • 天皇の代数
  • 百人一首の歌番号(クリックで歌のページへ)
  • =婚姻
100%
接戦 光孝1558 是忠親王 源宗于28 興我王 平篤行 平兼盛40 赤染衛門の母 赤染時用 赤染衛門59 壬生忠岑30藤原定国の随身 壬生忠見41天徳四年内裏歌合で平兼盛に敗れた

系図集『尊卑分脈』によると平兼盛は光孝天皇の玄孫といわれています。兼盛は950年に平朝臣の姓を与えられて臣籍降下しました。

平兼盛は「天徳四年内裏歌合」で壬生忠見と競い合い、接戦でしたが、村上天皇が「忍ぶれど…」と口ずさんでいたことから勝ちの判定になりました。

赤染衛門は母親の再婚相手・赤染時用との間にもうけられた子とされていますが、妊娠してから再婚したともいわれており、平兼盛は赤染衛門の実父ではないかといわれています。

付録
歌川国芳の『百人一首之内』
歌川国芳による浮世絵
British Museum, Public domain, via Wikimedia Commons

江戸時代の浮世絵師・歌川国芳による浮世絵です。
百人一首の和歌に合わせた情景が描かれています。

この絵は一見すると、和歌の内容と描かれた情景が一致しないように思えます。切ない「忍ぶ恋」の歌に対し、国芳がなぜ和菓子を食べながら僧侶とくつろぐ日常のひとコマを描いたのか、その真意は推測する他ありません。

平兼盛は歌に詠まれたように、燃えるような恋心を心の奥底に秘め、誰にも悟られぬよう必死に「平穏」を演じているのでしょうか。しかし、向かい合っているのは世俗の迷いを超越した僧侶です。

「兼盛殿、何か物思いでも……?」
そんな、何もかもお見通しであるかのような問いかけに、思わずお菓子を運ぶ手が止まる。そんな静かな心理戦が繰り広げられているのかもしれません。