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Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox
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小式部内侍
大江山
いく野の道の
遠ければ
まだふみもみず
天の橋立
またふみも
みすあまの
はしたて
おおえ
- 60番歌
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大江山
いく野の道の
遠ければ
まだふみもみず 天の橋立
作者:小式部内侍(生年不詳~1025年)
出典:金葉和歌集 雑
- 現代語訳
- 大江山も(母の住む丹後に行く)生野の道も遠いので、まだ天橋立の地に足を踏み入れたこともありませんし、母からの手紙も見ておりません。
- 解説
- この歌は、ある歌合の席で藤原定頼に「母である和泉式部に代筆してもらったのではないか」とからかわれた際、小式部内侍が即興で詠んだものです。その機知に富んだ返歌に、定頼は返す言葉を失い、慌ててその場を立ち去ったと伝えられています。 歌の中に登場する「大江山」「生野」「天橋立」は、和泉式部が暮らしていた京都府北部・丹後へ向かう途中の地名です。
- どんな人?
- 小式部内侍は、母・和泉式部の名に由来する「小式部」という女房名で呼ばれました。母と同様に中宮・彰子に仕えましたが、20代で出産後、若くしてこの世を去りました。『和泉式部集』には、夭折した娘を悼む哀傷歌が収められています。
- 品詞分解と文法
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- 小式部内侍の心のチャート
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歌人の心の内をチャートと現代の言葉で描いてみました。
不意の問いかけに、
静かに言葉を返す。軽やかな一首で
自らの才をみせましょう。
- 歌のイメージ
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この画像は、William N. Porter氏が1909年にイギリスで出版した百人一首の英訳本『A Hundred Verses from Old Japan』の挿絵を元にAdobe Firefly(生成AI)で色を付けて、アレンジしたイメージです。
- 小式部内侍の系図
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画像上の番号が付いている人物をクリックすると、その歌人のページに移動します。
小式部内侍は和泉式部の娘で、親子で一条天皇の中宮・彰子に仕えました。
教通(藤原道長の五男)との間には僧正静円、範永との間には娘をもうけました。また、藤原公成との間に頼忍阿闍梨を出産しましたが、出産時に20代で夭折しました。
- 付録
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- 大江山、生野、天橋立の位置
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歌に登場する地名の位置を示した地図です。
天橋立は京都府北部、日本海の宮津湾にあります。歌が詠まれたとき、小式部内侍の母である和泉式部は、夫の藤原保昌 が丹後守を務めていたため、夫に付いて丹後国に滞在していました。
歌に詠まれた「大江山」と「いく野の道」は、京都府福知山市内にあります。
- 大江山
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京都府丹後半島の付け根に位置する連山で、標高は832mです。鬼が住む伝説が残っています。
地図へのリンク - 「いく野の道」に該当する細野峠
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写真提供:福知山市 「細野峠」は京都府福知山市三和町にある全長約2kmの峠です。歌に詠まれた「いく野の道」はこのあたりを指すようです。平成8年には「全国歴史の道百選」に選ばれました。
ところどころで見られる石畳が趣深く、当時の面影を残しています。
地図へのリンク - 天橋立
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京都府宮津市にある景勝地。日本三景の一つです。地図へのリンク
- 和泉式部が小式部内侍に捧げた歌
- 母である和泉式部は、若くして亡くなった娘・小式部内侍を悼む歌を残しています。小式部内侍は20代という若さでこの世を去り、その早すぎる死を悲しむ母の深い思いが、哀傷歌に込められています。
原文
とどめおきて 誰をあはれと 思ふらむ
子はまさるなり 子はまさりけり 『和泉式部集』現代語訳
この世に自分の子と母を残して、一体誰をしみじみと思い出しているだろう。きっと我が子を思う気持ちの方が勝っているだろう。私もあの子のことを思っているのだから。
- 鈴木春信の浮世絵
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Suzuki Harunobu, CC0, via Wikimedia Commons 江戸時代の浮世絵師・鈴木春信による作品です。小式部内侍に袖をつかまれた中納言定頼の姿が描かれています。小式部内侍がその場で詠んだ歌があまりにも見事だったため、定頼は気まずそうな表情を浮かべています。
- 歌川国芳の『百人一首之内』
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British Museum, Public domain, via Wikimedia Commons 江戸時代の浮世絵師・歌川国芳による浮世絵です。百人一首の和歌にちなんだ情景が描かれており、鬼の姿が登場していることから、国芳が丹後半島の付け根にある「大江山」を題材にしていることがわかります。
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