時雨の百人一首

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Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox

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大納言経信だいなごんつねのぶ

夕ゆうされば
門田かどたの稲葉いなば
おとづずれて
蘆あしのまろやに
秋風あきかぜぞ吹ふく

大納言経信

あしのまろ
やにあきか
せそふく

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ゆう

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71番歌
夕ゆうされば 門田かどたの稲葉いなば おとづずれて
蘆あしのまろやに 秋風あきかぜぞ吹ふく
作者:大納言経信 だいなごんつねのぶ(1016年~1097年)
出典:金葉和歌集 秋
現代語訳
夕方になると、門前の稲の葉は音を立て、ついでに葦葺きのこの庵にも秋風が吹きつけることだ。
解説
金葉集の詞書に「師賢もろかたの朝臣の梅津うめづに人々まかりて、田家秋風といへることを詠める」とあり、この歌は経信の親戚・源師賢の、梅津にある別荘で催された歌会で「田家の秋風」という題で詠まれました。当時は田園趣味が流行し、洛外の田舎に山荘を建てる貴族が多くいました。
どんな人?
経信は、宇多天皇の皇子・敦実親王の曽孫です。漢詩や和歌、管弦に優れ、博識多芸でした。白河院の大堰川おおいがわ行幸の際に和歌、漢詩、琵琶の3つの舟に分乗し才能を競う舟遊びが行われた際、遅れてきた経信は、どの舟でも構わないから乗せてほしいと言って多才ぶりをアピールしました。彼の多才ぶりは藤原公任と並んで「三舟の才」と称されました。
品詞分解と文法
歌のイメージ
源経信の歌のイメージ

この画像は、William N. Porter氏が1909年にイギリスで出版した百人一首の英訳本『A Hundred Verses from Old Japan』の挿絵を元にAdobe Firefly(生成AI)で色を付けて、アレンジしたイメージです。

源経信の略年表
1016年
源道方の子として誕生
1030年
従五位下に叙される
1067年
参議となる
1075年
権中納言となる
1091年
大納言となる
1094年
大宰権帥となる
1095年
大宰府に赴任
1097年
大宰府で死去
源経信の系図
  • 茶字天皇
  • 天皇の代数
  • 百人一首の歌番号(クリックで歌のページへ)
  • 数代省略
  • =婚姻
100%
宇多59 胤子 醍醐60 源周子 敦実親王 時平の娘 源高明 源雅信 源倫子 源俊賢 高明の娘 源重信 源道方 源経信71 貞亮の娘 源俊頼74 敦隆の娘 俊恵85

源経信は宇多天皇を祖とする宇多源氏の子孫です。

親戚・源師賢の梅津(京都市右京区梅津、太秦うずまさの南、桂川の東岸)にある別荘で歌会が催されました。百人一首に選ばれた歌は、その歌会で詠まれたものです。

息子に源俊頼、孫に俊恵法師がおり、
3代にわたって百人一首に選ばれています。

付録
宇治川の氷魚を詠んだ歌
次の歌は『金葉和歌集』に収められている源経信の歌です。
氷魚は鮎の稚魚で、網代は氷魚を獲る漁の道具で、宇治川の冬の風物詩でした。

原文

月つき清きよみ 瀬々せぜの網代あじろに よるひをは
玉藻たまもに冴さゆる 氷こおりなりけり 『金葉和歌集』源経信

現代語訳

清らかな月に照らされて、瀬々に仕掛けられた網代に寄る氷魚は、藻に凍りつく氷のようにきらめいている。

住吉で詠まれた叙景歌
次の歌は『後拾遺和歌集』に収められている源経信の歌です。住吉(=現在大阪市住吉区)はかつて白砂青松の風光明媚な場所で、後三条院の住吉への御幸に際して詠まれました。

原文

沖おきつ風かぜ 吹ふきにけらしな 住吉すみよしの
松まつのしづ枝えを あらふ白波しらなみ 『後拾遺和歌集』源経信

現代語訳

沖で風が吹いたようだ。住吉の岸辺に生えている松の下枝に届くほどの白波が立っている。

葛飾北斎による浮世絵
葛飾北斎による木版画
National Diet Library, Public domain, via Wikimedia Commons

江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎による作品『百人一首姥かゑとき』です。百人一首の歌を乳母がわかりやすく絵で説明するという趣旨で制作されたものです。

奥の方に描かれた雁の群れを仰ぎ見る人。間もなく秋が訪れる農村の風景が描かれています。

歌川国芳の『百人一首之内』
歌川国芳による木版画
British Museum, Public domain, via Wikimedia Commons

江戸時代の浮世絵師・歌川国芳による浮世絵です。この浮世絵は、次の逸話に基づいて描かれています。

経信が紀貫之の「から衣 うつ声きけば 月きよみ まだねぬ人を 空にしるかな」(現代語訳:衣を打つ音が響く。秋の月が清らかな夜空の下、まだ寝ていない人がいるのだ。その人も、この月を見上げるだろうか。)という歌をつぶやきました。

すると、風流を好む朱雀門の鬼がやってきて「北斗星前横旅鴈 南楼月下擣寒衣」(現代語訳:北斗星の前を雁が飛んで行くのが見える。南の楼閣では、夜も更けて月がでているのに、冬のための衣を柔らかくするために砧で打つ音が響いている。)という漢詩を詠んだそうです。

大堰川
大堰川

大堰川おおいがわは、京都・嵐山の美しい地域を流れる川で、桂川とも呼ばれています。平安貴族たちはこの川で船遊びをしていました。

屋形船に乗って四季折々の嵐山の景色を楽しむ観光は現在も人気です。