時雨の百人一首

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Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox

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俊恵法師しゅんえほうし

夜よもすがら
物もの思おもふうころは
明あけやらで
閨ねやのひまさへえ
つれなかりけり

俊恵法師

ねやのひま
さへつれな
かりけり

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85番歌
夜よもすがら 物もの思おもふうころは 明あけやらで
閨ねやのひまさへえ つれなかりけり
作者:俊恵法師しゅんえほうし(1113年~1191年頃)
出典:千載和歌集 恋
現代語訳
一晩中、恋に思い悩んでいるこの頃は、いつまでも夜が明けきらないので、一向に光が差し込まない寝室の隙間さえもつれなく感じられる。
解説
『千載和歌集』の詞書に「恋の歌とて詠める」とあり、この歌は題詠です。俊恵法師は、一向に明けることのない暗闇の中で、薄情な恋人のことを思い懊悩しながら待ちくたびれる女性の立場でこの歌を詠みました。
どんな人?
俊恵法師は、17歳で父と死別し、大仏があることで有名な東大寺の僧になりました。後に京都の白川に移り住み、歌林苑かりんえんと称した僧坊に多くの歌人たちを招き、多くの歌会を催しました。百人一首の作者も多く参加しています。弟子には『方丈記』の作者・鴨長明がいます。彼は『無名抄』で師匠・俊恵法師の教えを多く書き記しています。
品詞分解と文法
歌のイメージ
俊恵法師の歌のイメージ

この画像は、William N. Porter氏が1909年にイギリスで出版した百人一首の英訳本『A Hundred Verses from Old Japan』の挿絵を元にAdobe Firefly(生成AI)で色を付けて、アレンジしたイメージです。

俊恵法師の略年表
1113年
源俊頼の子として誕生
1130年頃
父・俊頼が死去
1150年頃
白川の自坊を「歌林苑」と名づけ、歌人たちが集う
1191年頃
死去
俊恵法師の系図
  • 茶字天皇
  • 天皇の代数
  • 百人一首の歌番号(クリックで歌のページへ)
  • =婚姻
100%
宇多59 胤子 醍醐60 源周子 敦実親王 時平の娘 源高明 源雅信 源倫子 源俊賢 高明の娘 源重信 源道方 源経信71 貞亮の娘 源俊頼74 敦隆の娘 俊恵85

俊恵法師は宇多天皇を祖とする宇多源氏の子孫です。

祖父に源経信、父に源俊頼がおり、
3代にわたって百人一首に選ばれています。

俊恵法師は、17歳で父と死別し、大仏があることで有名な東大寺の僧になりました。

付録
歌林苑に参加した歌人たち
俊恵法師は、自房の歌林苑で毎月歌会を催し、多くの歌人が参加しました。