時雨の百人一首

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音声:NHKクリエイティブ・ライブラリー
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Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox

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中納言朝忠ちゅうなごんあさただ

逢おふうことの
絶たえてしなくは
なかなかに
人ひとをも身みをも
恨うらみざらまし

中納言朝忠

ひとをもみ
をもうらみ
さらまし

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44番歌
逢おふうことの 絶たえてしなくは なかなかに
人ひとをも身みをも 恨うらみざらまし
作者:中納言朝忠 ちゅうなごんあさただ(910年~967年)
出典:拾遺和歌集 恋
現代語訳
男女が逢うことが全くなかったら、人のつれなさを恨んだり、自分の惨めさを嘆くこともなかったのに。
解説
この歌は天徳内裏歌合で詠まれたものです。「未逢恋」(未だ逢わざる恋)と解釈される場合や、「逢不逢恋」(一度逢ったのに、その後は逢えない恋)と解釈される場合があります。後者の解釈では、一度は恋が叶い幸せを感じたものの、その後、相手の女性に冷たくされ、「いっそ会わなければよかった」と後悔する気持ちと、それでも相手を忘れられず、逢瀬の思い出に心を引きずられるもどかしさが詠まれていると考えられます。
どんな人?
中納言朝忠こと藤原朝忠は、三条右大臣定方の五男として生まれ、官位は従三位中納言まで昇進しました。和歌だけでなく、笙の名手としても知られていました。ところで、朝忠の娘は穆子で、孫娘は藤原道長の妻になる倫子です。
品詞分解と文法
歌のイメージ
中納言朝忠の歌のイメージ

この画像は、William N. Porter氏が1909年にイギリスで出版した百人一首の英訳本『A Hundred Verses from Old Japan』の挿絵を元にAdobe Firefly(生成AI)で色を付けて、アレンジしたイメージです。

中納言朝忠の略年表
910年
藤原定方の子として誕生
926年
従五位下に叙される
952年
参議となる
963年
中納言となる
967年
死去
備考
中納言朝忠の系図
  • 百人一首の歌番号(クリックで歌のページへ)
  • 数代省略・養子
  • =婚姻
100%
養子 房前 冬嗣 長良 良房 良門 基経 利基 高藤 貞信公26 兼輔27 三条右大臣25 師輔 桑子 雅正 朝頼 朝忠44 兼家 為時 為信女 為輔 穆子 道長 惟規 紫式部57 宣孝 源倫子 大弐三位58 彰子

藤原朝忠は、三条右大臣(藤原定方)の五男です。孫には藤原道長の正妻になった倫子がいます。三十六歌仙の一人で、笙の名手でした。

朝忠の百人一首の歌は、平兼盛(40番歌)、壬生忠見(41番歌)の歌が詠まれたのと同じ歌合「天徳内裏歌合」の席で詠まれました。

付録
笙(しょう)
笙
Metropolitan Museum of Art, Public domain

雅楽用の管楽器。十七本の細い竹の管が円状に配置されており、立てて吹きます。

写真は19世紀に作られた笙の写真のため、平安時代の笙とは多少異なるかもしれません。

朝忠は笙の名手でした。再生ボタンをクリックすると、笙の音声が流れます。

ポケットサウンド/効果音素材
歌川国芳の『百人一首之内』
歌川国芳による藤原朝忠の浮世絵
British Museum, Public domain, via Wikimedia Commons

江戸時代の浮世絵師・歌川国芳による浮世絵です。
百人一首の和歌に合わせた情景が描かれています。
お歯黒を塗っている様子が描かれています。
国芳の制作意図が気になるところです。