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Translated by WILLIAM N. PORTER
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小野小町
花の色は
うつりにけりな
いたづらに
わが身よにふる
ながめせしまに
わかみよに
ふるなかめ
せしまに
はなの
- 9番歌
-
花の色は
うつりにけりな
いたづらに
わが身よにふる ながめせしまに
作者:小野小町(生没年不詳)
出典:古今和歌集 春
- 現代語訳
- 美しかった桜が長雨に打たれて空しく色あせてしまった。私の容色も物思いに沈んで、この世を過ごしているうちに衰えてしまった。
- 解説
- 誠実な愛を求めながら日々を重ねていた美女が、気づけば時が過ぎ、老いて孤独に包まれていたという心情が表現されています。ただし、この歌は時代ごとに解釈が異なります。詳しくはこちらをご覧ください。
- どんな人?
- 小野小町の生誕には諸説あり、詳細は不明ですが、出羽の郡司・小野良真の娘と伝えられています。平安前期の歌人で、その出自や生涯は謎に包まれています。日本ではクレオパトラや楊貴妃と並び「世界三大美人」の一人に数えられ、絶世の美女として多くの伝説が語られてきました。また、仁明天皇や文徳天皇の後宮に仕えたともされ、宮廷で和歌の才を発揮したと伝えられています。
- 品詞分解と文法
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左の原文の単語をタップ(クリック)すると、品詞・活用・解説がここに表示されます。
- 小野小町の心のチャート
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歌人の心の内をチャートと現代の言葉で描いてみました。
恋の盛りは遠く過ぎ、
残されたのは静かな哀しみ。色あせる桜に、
我が身のゆく末が映し出されている。
- 歌のイメージ
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この画像は、William N. Porter氏が1909年にイギリスで出版した百人一首の英訳本『A Hundred Verses from Old Japan』の挿絵を元にAdobe Firefly(生成AI)で色を付けて、アレンジしたイメージです。
- 小野小町の系図
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■の番号が付いている人物をクリックすると、その歌人のページに移動します。
小野氏は、飛鳥時代から平安時代にかけて日本の政治・文化の両面で活躍した一族です。
飛鳥時代には、遣隋使の大使として派遣された小野妹子が、聖徳太子の意を受けて「日出処天子」と記された国書を隋の皇帝へ届けたことで広く知られています。
平安時代に入ると、小野篁は学識と才気に富んだ官人・文人として名を残し、小野道風は三跡の一人として日本書道の発展に大きな影響を与えました。
また、小野小町は六歌仙に数えられる歌人として、その優美な和歌と伝説的な美貌で語り継がれています。
歌人の藤原敏行は、小野篁の姉または妹とされる小野氏の女性を正妻としており、小野氏と藤原氏は婚姻関係を通じても結びついていました。
- 付録
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- 小野小町が桜に込めた意味
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百人一首に採られている、小野小町の「花の色は…」の歌には、大きく分けて二つの解釈があります。中世においては、この歌は男女の恋や、衰えていく美貌を桜に重ねた歌だと考えられていました。桜の花の色があせていく様子を、自分の若さや恋の移ろいにたとえたものだ、という読み方です。
しかし江戸時代になると、古典研究で知られる契沖 ・賀茂真淵・本居宣長 などの国学者が、これとは異なる読み方を示しました。彼らは言葉の本来の意味を重視し、この歌を必ずしも恋の比喩と決めつけず、純粋に桜の花の衰えを詠んだ歌としても理解できると考えました。つまり小町は、「春の長雨を眺めているうちに、桜の花の色が衰えてしまった」という春の情景を、そのまま歌にしたとも読みうるというのです。
現在の国語の授業では、この歌は「恋や老いを重ねた歌」として教えられることが多いようです。時代ごとにさまざまな意味をまといながら広く読まれていく、それも名歌たる所以 なのかもしれません。
- 六歌仙
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古今和歌集が編纂された時期、小野小町を含む6人の歌人は、一世代前の非常に有名な歌人でした。紀貫之は古今和歌集の仮名序で、彼らを「近くの世に、その名が聞こえた人」として取り上げ、批評しました。紀貫之の批評はかなり厳しいものでしたが、その後、これらの6人の歌人は「六歌仙」と呼ばれ、優れた歌人として高く評価されるようになりました。
紀貫之による6人の歌人に対しての批評についてはこちらをご覧ください。
この「六歌仙」の中には、大友黒主という歌人も含まれていますが、彼は百人一首には収録されていません。一方で、他の5人は百人一首に選ばれています。
- 男女の仲の心を詠んだ歌
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多くの恋に身を投じた小野小町が辿り着いたのは、移ろいやすい人の心を受け止める達観した境地だったようです。歌に詠まれた「世の中」には、「社会全体」という意味だけでなく「男女の仲」という意味があり、ここでは後者を指していると考えられます。心変わりを自然の摂理として静かに見つめる彼女の視線には、酸いも甘いも噛み分けた大人の深みが漂っています。
原文
色見えで 移ろふものは 世の中の
人の心の 花にぞありける 『古今和歌集』小野小町現代語訳
色は見えないけれど、移ろいゆくものは
男女の仲の心という花なのだなあ - 小町と対照的な伊勢の歌
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小野小町は朽ちていく容貌に若かった頃には戻れないと寂しさを滲ませ、伊勢は季節がめぐるように冬枯れても、春を再びと歌を詠みました。対照的な歌ですが、過去を惜しむ気持ちと未来に希望を見出す気持ちは誰もが併せ持つものかもしれません。
原文
冬枯れの 野辺とわが身を 思ひせば
もえても春を 待たましものを 『古今和歌集』伊勢現代語訳
もし冬枯れた野辺を我が身と思うなら、
燃え果てても芽を萌え張る春を待ちたいと思います。 - 夢で逢えたらと詠んだ歌
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小野小町は、たとえはかない夢であっても、恋人に逢いたいという歌を詠んでいます。当時、夢に好きな人が出てくるのは相手が自分を強く想っているからと信じられていました。相思相愛でありたいと願う気持ちはいつの時代も変わることがないようです。
原文
うたた寝に 恋しき人を 見てしより
夢てふものは 頼み初めてき 『古今和歌集』小野小町現代語訳
うたた寝して、恋しい人を夢に見てから
夢というものを頼りにし始めてしまった。 - 覚めたくない夢を詠んだ歌
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次の歌は、夢の中で愛しい人に逢えたものの、目覚めてしまったことへの深い後悔を詠んでいます。別の歌では、移ろいゆく人の心を静かに見つめる達観した境地を示しながらも、一方ではどうにもならない恋情に突き動かされ、夢でさえ逢いたいと願わずにはいられない、そんな、矛盾する想いさえもありのままに詠み上げる素直さにも小町の歌の真実味と魅力があるようです。
原文
思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ
夢と知りせば 覚めざらましを 『古今和歌集』小野小町現代語訳
あの人のことを何度も思いながら眠りについたので、夢に現れたのだろうか。夢とわかっていたならば、目覚めなかったものを。
- 「ながめ」を用いた歌
- 次の歌は、在原業平が詠んだ一首です。
小野小町と在原業平。平安時代を代表する二人の歌人が同じ「ながめ」(長雨/眺め)という掛詞を使って、それぞれの恋の深淵を描いています。原文
起きもせず 寝もせで夜を 明かしては
春のものとて ながめくらしつ 『古今和歌集』在原業平現代語訳
あなたを思うと起きるでもなく、寝るでもなく夜を明かしては春の習いである長雨を物思いをしながら眺め暮らしています。
- 文屋康秀への歌
- 文屋康秀が三河国に赴任する際、小野小町に一緒に行かないかと誘いました。
次の歌は、その返事として小野小町が詠んだ歌です。原文
わびぬれば 身を浮草の 根を絶えて
誘ふ水あらば いなむとぞ思ふ 『古今和歌集』小野小町現代語訳
悩み苦しんでいるので浮草のように根を断って
誘っていただける人があるならば行こうと思います。 - 美女伝説のきっかけ
- 六歌仙
に紅一点で名前を連ねる小野小町。紀貫之は、古今和歌集の仮名序で小野小町の歌を次のように評しています。紀貫之は、小野小町が伝説の美女である衣通姫の家風を受け継いでいると述べています。この言及が小野小町に多くの美女伝説が生まれるきっかけになったと考えられています。
原文
小野小町は、いにしへの衣通姫の流なり。あはれなるやうにて強からず。いはば、よき女のなやめるところあるに似たり。現代語訳
小野小町は衣通姫の歌風を汲み、しみじみとした風情があるが強さがない。言わば美女が悩んでいるところがあるのに似ている。 - 美女伝説『百夜通い』
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『百夜通
い』は、「百晩通い続ければ想いを受け入れましょう」という小野小町の過酷な約束を信じ、九十九夜まで通い詰めながらも、満願成就を目前に大雪の中で力尽きた深草少将の執念と悲劇を描いた、世阿弥の能でも名高い恋の物語です。
一説に深草少将のモデルは、僧正遍昭であると言われています。 - 葛飾北斎による浮世絵
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National Diet Library, Public domain, via Wikimedia Commons 江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎による作品『百人一首姥かゑとき』です。百人一首の歌を乳母がわかりやすく絵で説明するという趣旨で制作されたものです。小町は晩年、放浪の旅に出たと言われています。杖をつきながら桜を見上げる女性はひょっとして小野小町でしょうか。
- 歌川国芳の『百人一首之内』
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British Museum, Public domain, via Wikimedia Commons 江戸時代の浮世絵師・歌川国芳による浮世絵です。
百人一首の和歌に合わせた情景が描かれています。 - 月岡芳年の『月百姿』
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Tsukioka Yoshitoshi; Tsukioka Yoshitoshi died 1892; Yamamoto; Akiyama Buemon, Public domain, via Wikimedia Commons 幕末から明治時代前半にかけて活躍した浮世絵師・月岡芳年による浮世絵で、謡曲『卒都婆小町』を題材にしています。
謡曲『卒都婆小町』は、卒塔婆に腰かけていた老婆と高野山の僧とのやり取りを描いた話です。僧が「そこに座ってはいけません」と注意すると、老婆は「仏の慈悲はそんなに浅いものではない」と逆に僧を諭します。老婆は自分がかつて美しい小野小町だったことを明かし、過去を語り始めます。その後、深草大将の霊が現れて老婆に取り憑き、彼女は半狂乱になります。やがて百夜通いの出来事を再現する中で正気に戻り、仏の道を志し、極楽往生を願うようになるという物語です。
- 九相図(くそうず)
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屋外に置かれた死体が朽ちていく様子を九段階に分けて描かれる仏教絵画「九相図」。美女だった人たちが題材に選ばれることが多く、小野小町の九相図はよく知られています。九相図の制作目的は修行僧が煩悩を払うためにどんな美女でも亡くなったら髑髏になるという現世の無常を示すためと言われています。
- 三十六歌仙
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小野小町は三十六歌仙の1人。
三十六歌仙の一覧ページはこちらをご覧ください。
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