時雨の百人一首

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Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox

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源重之みなもとのしげゆき

風かぜをいたみ
岩いわうつ波なみの
おのれのみ
くだけて物ものを
思おもふうころかな

源重之

くたけても
のをおもふ
ころかな

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かぜを

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48番歌
風かぜをいたみ 岩いわうつ波なみの おのれのみ
くだけて物ものを 思おもふうころかな
作者:源重之みなもとのしげゆき(生年不詳~1000年)
出典:詞花和歌集 恋
現代語訳
風が激しく吹くので、岩に打ち寄せる波がひとりでに砕け散るように、私だけ心を砕かれて、物思いをするこの頃ですよ。
解説
好意を寄せる人を岩に見立て、恋をする自分を岩に砕ける波に見立てています。どれほど激しく想いを寄せ、伝えようと試みても、決して相手にされない切なさを荒海の情景を通してドラマチックに表現しています。
どんな人?
源重之は清和天皇の曽孫です。様々な地方官職を歴任しながら和歌を作りました。彼は皇太子時代の冷泉天皇に百首歌『重之百首』を献上しています。この百首歌は、現存するものとしては最も古いものといわれています。同じく百首歌を作っていた曾禰好忠とも親交がありました。また、藤原実方とも交流があり、陸奥国に赴任することになった実方に従って一緒に下向しています。
品詞分解と文法
歌のイメージ
源重之の歌のイメージ

この画像は、William N. Porter氏が1909年にイギリスで出版した百人一首の英訳本『A Hundred Verses from Old Japan』の挿絵を元にAdobe Firefly(生成AI)で色を付けて、アレンジしたイメージです。

源重之の略年表
967年
近衛将監となり、従五位下に叙される
975年
左馬助となる
976年
相模権守となる
995年頃
陸奥守・藤原実方に従って陸奥国へ下る
1000年
陸奥国で死去
備考
源重之の系図
  • 茶字天皇
  • 天皇の代数
  • 百人一首の歌番号(クリックで歌のページへ)
  • 数代省略・養子
100%
8代略養子 清和56 貞純親王 貞元親王 陽成1357 源兼忠 源兼信 元良親王20 源頼朝 源重之48 源実朝93

源重之は、源兼信の子でしたが、伯父の参議・源兼忠の養子になっています。 清和天皇の曽孫ですが、官位には恵まれず、地方官を歴任。最終官位は、筑前権守・従五位下でした。

源順・曾禰好忠・平兼盛らと交友がありました。

源重之は、百首歌『重之百首』を作り、東宮時代の冷泉天皇に献上しています。私的ではあるものの、先駆けて百首歌を作っていた曾禰好忠の影響を受け、親交がありました。

晩年は、藤原実方が陸奥守として赴任する際、一緒に陸奥国に赴き、当地で亡くなりました。

付録
涙を拭う袖を詠んだ歌
次の歌は、源重之が詠んだ歌で、『後拾遺和歌集』に収められています。
後に、殷富門院大輔がこの歌をもとにして新たな歌を詠み、その歌が百人一首に選ばれました。

原文

松島まつしまや 雄島おじまの磯いそに 漁あさりせし
海人あまの袖そでこそ かくは濡ぬれしか 『後拾遺和歌集』源重之

現代語訳

松島の雄島の磯で漁をしている海女の袖だったら、涙で濡れた私の袖ほどに濡れているでしょうか。

歌川国芳の『百人一首之内』
歌川国芳による源重之の浮世絵
British Museum, Public domain, via Wikimedia Commons

江戸時代の浮世絵師・歌川国芳による浮世絵です。
百人一首の和歌に合わせた情景が描かれています。