時雨の百人一首

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Translated by WILLIAM N. PORTER
English Audio:LibriVox

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源宗于朝臣みなもとのむねゆきあそん

山里やまざとは
冬ふゆぞさびしさ
まさりける
人目ひとめも草くさも
かれぬと思おもへえば

源宗于朝臣

ひとめもく
さもかれぬ
とおもへは

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やまざ

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28番歌
山里やまざとは 冬ふゆぞさびしさ まさりける
人目ひとめも草くさも かれぬと思おもへえば
作者:源宗于朝臣みなもとのむねゆきあそん(生年不詳~940年)
出典:古今和歌集 冬
現代語訳
山里は寂しいものですが、冬は一段と寂しい。訪れてくれる人もいないし、草木も枯れてしまうと思うと。
解説
山里は寂しい場所ですが、冬になるとその寂しさは一層深まります。訪れる人もなく、草木も枯れ果てる情景は、作者の不遇な出世を嘆く気持ちと重なったようです。彼は、人から顧みられない寂しい山里の景色に、自身の境遇を重ねていたのかもしれません。
どんな人?
源宗于は光孝天皇の孫という高貴な身分にありながら、臣籍降下して朝廷に仕えました。宇多天皇に和歌を献上し、その才能を認められましたが、残念ながら官位には恵まれませんでした。平安時代は一夫多妻制だったため、皇族には多くの子が生まれ、孫ともなると特別な扱いを受けることは少なかったようです。
品詞分解と文法
歌のイメージ
源宗于の歌のイメージ

この画像は、William N. Porter氏が1909年にイギリスで出版した百人一首の英訳本『A Hundred Verses from Old Japan』の挿絵を元にAdobe Firefly(生成AI)で色を付けて、アレンジしたイメージです。

源宗于の略年表
894年
源朝臣の姓を与えられ、従四位下に叙される
905年
兵部大輔となる
908年
右馬頭となる
915年
相模守となる
933年
右京大夫となる
939年
正四位下に叙される
940年
死去
備考
源宗于の系図
  • 茶字天皇
  • 天皇の代数
  • 百人一首の歌番号(クリックで歌のページへ)
  • 数代省略
  • =婚姻
100%
2代略3代略 光孝1558 班子女王 是忠親王 宇多59 源宗于28宇多天皇に和歌で不遇を訴えた 平兼盛40 源経信71 源俊頼74 俊恵85

源宗于は、光孝天皇の孫で、宇多天皇の甥です。

源姓を賜与されて臣籍降下しました。官位に恵まれず、宇多天皇に和歌で自分の不遇を訴えました。しかし、昇進は叶わなかったという話が『大和物語』に描かれています。

付録
宇多天皇に不遇の身を訴えた歌
これは、宇多天皇に紀伊国から献上された、石が付いた海松みるを題材にして源宗于が詠んだ歌です。

原文

沖おきつ風かぜ ふけゐの浦うらに 立たつ浪なみの
名残なごりにさへや 我われはしづまむ 『大和物語』源宗于

現代語訳

沖から風が吹いて、吹井の浦に立つ波の余波にさえもうち寄せられず、(石に付いた海藻のように海の底に)私は沈んでしまうのでしょう。

海松(みる)
海松(みる)
Flyingdream at Wikipedia, Public domain, via Wikimedia Commons

海松みるとは、浅い海の底の岩に生える暗緑色の海藻の一種です。今はあまり食べられていませんが、昔は一般的な食用の海藻でした。

その独特の形と美しさから、海松みるは「海松文みるもん 」という装飾文様として平安時代の衣装デザインに取り入れられました。

葛飾北斎による浮世絵
百人一首姥かゑとき  葛飾北斎  源宗于朝臣
Katsushika Hokusai, CC0, via Wikimedia Commons

江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎による作品『百人一首姥かゑとき』です。百人一首の歌を乳母がわかりやすく絵で説明するという趣旨で制作されたものです。

冬の山里で暖を取る漁師たちが描かれています。歌の雰囲気とは異なり、北斎の絵は楽し気な雰囲気に包まれています。