時雨の百人一首

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天皇の略系図

百人一首は、天智天皇(1番)と持統天皇(2番)の親子で始まり、後鳥羽院(99番)と順徳院(100番)の親子で終わります。
天皇のほかにも、元良親王や式子内親王などの皇族や、在原業平・源融・清少納言のように天皇の子孫にあたる歌人が数多く選ばれています。
皇族の多くは、源みなもと・平たいら・在原ありわらなどの氏うじを賜って臣下となりました。これを臣籍降下しんせきこうかといいます。こうした歌人たちの系図をたどると、どの天皇につながるのかを確認できます。
下のボタンで系統を選ぶと、その系統の人物だけを表示できます。

  • 青字天皇
  • 38天皇の代数
  • 百人一首の歌番号(クリックで歌のページへ)
  • 系譜不明・異説
  • =婚姻
100%

※系図はドラッグで動かせます。名前にカーソルを合わせると、その人物の情報が表示されます。
※第38代天智天皇から第84代順徳天皇までの天皇をすべて載せています。名前の下の札は、臣籍に下って賜った氏(源氏・平氏など)を表します。

豆知識

皇族が臣下になる「臣籍降下」

平安時代では、天皇は複数の后妃・女御・更衣を持つことが一般的で、皇子・皇女が多く生まれました。皇族が世代を重ねて増えると、皇室の経済的な負担なども大きくなります。
そこで、皇族の一部に「源みなもと」「平たいら」「在原ありわら」などの氏うじを与えて皇族の身分を離れさせ、臣下とすることがありました。これを臣籍降下しんせきこうかといいます。臣籍降下した人の中には、その後、朝廷の官人として仕えた人もいます。なお、現在は皇族の身分を離れる場合を「皇籍離脱こうせきりだつ」といい、「臣籍降下」とは仕組みも概念も異なります。

  • 源氏:
    嵯峨天皇が皇子・皇女に「源」の氏を与えたのが始まりです。
    もとになった天皇の名をつけて、嵯峨源氏・清和源氏・宇多源氏・村上源氏などと呼び分けます。
  • 平氏:
    桓武天皇の孫・高棟王が「平」の氏を賜ったのが始まりです。
    平清盛も桓武平氏ですが、高棟王の系統ではなく、同じく葛原親王の孫・高望王の系統です。
  • 在原氏:
    平城天皇の皇子・阿保親王の子である行平・業平らが「在原」の氏を賜りました。

「天皇」と「院」

百人一首の歌人名では、天智天皇・持統天皇・光孝天皇は「天皇」ですが、陽成院・三条院・崇徳院・後鳥羽院・順徳院は「院」と呼ばれています。
「院」は、位を譲った天皇(上皇)の住まいや、その人を指す呼び名です。平安時代には、退位した天皇を「〇〇院」と呼ぶことが広く行われました。